Happenstance/Rachael Yamagata

声を具現化する機械が発明されたら、とても興味深いだろう。
ある人の声はビー玉みたいなストロベリーキャンディになるかもしれないし、
また別のある人の声は洗い立ての真っ白なコットンタオルかもしれない。
突然こんな夢みたいなことを考えたのは、それはひとえに、
レイチェル・ヤマガタの歌声がとても特徴的だったからだ。
まるで生きているかのように、うねりながら迫ってくるボーカル。
CDという薄い円盤で、距離を隔てられていることを忘れてしまうほどの臨場感。
感情剥き出し、とはまさにこのこと。
気を抜くと喰われてしまう、そんな印象さえ抱かせる程強烈な歌声の持ち主、
レイチェル・ヤマガタの恋愛観を綴ったのがこのアルバム「Happenstance」である。

特徴的なのは声だけではなく、音楽、そして本人のルーツも実に面白い。
ヤマガタという名前からわかるように、日系人の父親とイタリア人とドイツ人のハーフの母親を持ち
更に自身は二卵性双生児(片割れの名はベンジャミン)というユニークな家庭。
この両親が幼い時に離婚し、以後レイチェルは双方の新しい家庭を行ったり来たりすることになる。
ひとつの場所には落ち着いていられない、ひとりの人には落ち着いていられない、
常に次を求め、彷徨い、進む、といった彼女の性分はこれに起因しているところが多く
それは彼女の音楽性にも顕著に反映されている。
例えば「Letter Read」という曲。
出だしだけ聴くと、非常にダークで、救いの無い曲だという印象を受けるが、
サビでがらりと明るく弾けた曲調に変わるのがとても面白い。
レイチェルが影響を受けたとして公言しているのはキャロル・キング、ジェームス・テイラー、
リッキー・リー・ジョーンズ、サイモン・アンド・ガーファンクルといった音楽家たちで
そういった正統派シンガーソングライターの系譜を受け継ぎつつ、
ジャズっぽい要素そしてハードなロックの要素が加わったのがレイチェルのオリジナリティ。
前者は、アルバムで大々的にフィーチャーされているピアノ(ライヴでも本人が演奏していた)に、
後者は、感情的にならざるを得ない曲の内容と、やはりその力強い声によってもたらされている。

感情的にならざるを得ない曲、と書いたのは、レイチェルの書く歌詞世界が
とても正直で、必死で、リアルな内容だからである。
殆どが恋愛に関するレイチェルの本音。本人曰く「絶えず恋愛と失恋を繰り返している」らしく
ちょっと呆れるくらいに誰かを恋い慕う歌、そして別れの歌だらけ。
だけど恋愛している最中って、確かに右を向いても左を向いてもその人のことばかりで
特に女性はそう。そういう無我夢中さがアルバム全編を通じて伝わってくる。
勘違いして欲しくないのは、レイチェルが恋愛中毒者で、男性に依存しているという訳ではなくて
そんな自分を静かに観察する、客観性をちゃんと持っているということ。
ライヴのMCで曲が生まれたきっかけを面白おかしく語ってくれたところからも、
彼女のユーモアのセンスと聡明さがうかがえる。
特に「Reason Why」という曲の歌詞は秀逸で、
”あなたと私が別れゆく、その理由はお互いわかっているはず”と静かに歌う様が美しい。

さて、冒頭の声の話に戻ろう。
迫力のある声なのだが、R&Bシンガーのように、パンチがある声とはまた違う。
むしろハスキーで不安定。
こちらを飲み込むかのように襲い掛かってきたかと思えば、次の瞬間にはふわりと翻っていたり。
力強くいて、同時にどこか儚い、今にも崩れ落ちてしまいそうな脆さ、
その不安定さが聴く者を虜にし、その場から動けなくさせてしまうのだ。
まるで、心の空き間に染み込んで来て、いつの間にか占有されてしまうような・・・
レイチェルの声は、煙だ。
もやもやと目が霞んで、涙を誘って、体は拒否反応を起こしつつも、ぼうっと麻痺してしまう感覚。
顔を背けられないのは、それが好きな人の吸う煙草だから。
せつなさ、ほろ苦さ、息苦しさ、
そんな感情が目に沁みても、同時にずっとその煙を感じていたい。
そう、まさにそういう、どうしようもない恋愛感情こそ、
レイチェルがこのアルバムで歌っていることなのである。


1.Be Be Your Love
アルバムのオープニングを飾るこの曲、ほぼイントロなしで始まるので
最初からレイチェルの声力にどかーんとやられます。
訴えかけるようなサビの繰り返しが印象的。
ラストのサビで声が裏返るのがたまらん。ゾクゾクします。

2.Worn Me Down
この曲がひたすら好きで、CD本体を手に入れるまでずっとネットで試聴し続けていた。
2004年のシングル曲の中では一番よく聴きました。
レイチェルの曲としてはかなりポップで、あまりレイチェルらしい曲とは言えないかもしれませんが
やはりサビで声が裏返る部分、まるで蝶が羽ばたくよう。くらりとします。
ライヴでもめちゃくちゃ盛り上がりました。
個人的にこの歌詞には物凄く共感する。
3角関係について歌った曲で、好きな男には別の想い人がいて、だけどその彼女はもう戻っては来ない。
"She's so pretty:She's so damn right
(彼女は凄く美人だし、何にも間違っていやしない)
But I'm so tired of thinking about her again tonight
(だけど私はもうウンザリなの 今夜もまた彼女のことを考えるのは)"
はかなりの名フレーズだと思います。
至極簡潔に、報われない関係の虚しさを表しているなーと。

3.Letter Read
上の文章でも例に挙げましたが、曲の途中で急に雰囲気が変わってユニーク。
ゴロゴロ唸ってるドラムが格好いい。

5.Paper Doll
珍しく恋愛以外のテーマについて歌っています。
若くしてチャンスを掴んでしまった女の子と、対する世間の厳しさについて。
恐らく自分自身へのメッセージも込めてある曲。

7.Quiet
日本盤と輸入盤では曲順が変わっているのですが(あまり賛成できない)
オリジナルの輸入盤ではラストに位置する静かな曲。
ピアノとチェロがメインの美しいバラードで、ソフトな歌声が聴けます。
”私がここから去るときに、何かが変わるだなんて期待してない”
という切ない別れの歌。

9.1963
アルバムからのセカンド・シングルで、唯一の明るいラヴソング。
恋をしている時の昂揚感が楽しく伝わってきて、思わず笑顔になるような曲。
昼下がりのドライヴで聴きたい。

14.I'll Find A Way
この曲も出だしからレイチェルの声がよく響きます。
”もう1度あなたに会える方法を私はきっと見つけ出すわ”という強めの歌なのですが
最後のワンフレーズに"The rain will bring me down(雨が私を落ち込ませるでしょう)"
とそっと添えられていて、とても切ないです。

15.Reason Why
アメリカの人気ドラマ「The O.C」の劇中でもプレイされた曲。
とてもレイチェルらしい、ピアノメインのバラード。
別れに面した恋人たちの歌で、お互いのことを認め励ましつつ
それでも一緒にはいられない、という状況が淡々と、かつエモーショナルに歌われる。
前向きでもあり、どうしようもなく切なくもある美しい歌。





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